■ 恋する三半規管 12
道端ですれ違う人が、何を思い、考えながら、そこを歩いているのかということを、
普段、まったく気にすることなく、私たちは街角や駅前で人とすれ違っているはずである。
接点のない他人というものは自分にとってそれくらい興味がないもの、どうでもいい存在なのだ。
それでも、もし、好奇心をそそる人物と横断歩道などで出くわして、あの人はどんなこと考えてるんだろうな、と関心を持ったとしても、その人の考えていることなど絶対にわからないと思う。
眩しそうな顔をして歩いているおじさんが「眩しいなあ」と思っているとは限らない。いちごタルト食いてえ、と本当は思っているのかも知れない。こちらが推理の足がかりにした「眩しそうな顔」は、本当にまったくの意味も理由もなくただの「眩しそうな顔」にすぎないのかもしれない。それくらい、人というものは、いい加減で、でたらめで、一貫性がないものなのだと思う。
だから、その時、私が何を考えていたかなんていうことは、彼女は知る由もないはずだし、
私が何を考えているか、ということが気になってくれたということは、少なくとも私という人物にやや興味関心を持ってくれたということで、それはちょっと素直に嬉しかった。にも関わらず私はなぜか、大事な隠し事が見つかってしまった時のような焦りと罪悪感に襲われてしまい咄嗟に言葉を継げず、力ずくで絞り出して出てきた言葉は「え、なんで」だった。情けない。
「いや、だって、急にしゃべんなくなっちゃったし、なにかへんなこと考えてそうな顔してたから」と彼女。
へんなこと考えてそうな顔、と言われるのは、下手すればとてつもない侮辱で、私の人としての尊厳をひどく傷つけかねないものだけど、じっさい私はへんなこと(みたいなもの)を頑張って考えていたわけだし、それに、彼女がなぜか楽しそうにそう言ったことから悪意がないのも分かるから、そのことで落ち込まないようにした。
「へんなことじゃなくて、真面目なこと考えてました」
「うそだー」
「いや、本当に、真面目なことを考えてた」
彼女は口元をにやつかせながら得意そうな目をして私の顔を覗き込んだ。
可愛すぎて悶え死ぬかと思った。
「やっぱりうそだ。へんなこと考えてる。だってさっきから顔が常に半笑いなんだもん」
炎の転校生、という漫画の最初の方で、主人公が初めてヒロインと一緒に下校する時に、
そのことが嬉しくて嬉しくてニヤケまくってる主人公が、自分のニヤケ顔について焦って説明をしようとしてずぼずぼと泥沼にはまっていく場面を思い出した。
「べつに半笑いじゃないですよ、これが普通」
「違う違う、さっきはもっと真面目な顔してた。今は、ちょっと、笑いすぎ」言い終えて彼女はうふふ、と吹き出し、馬鹿にされてるような気がしないでもないけど可愛い人が目の前でこうやって吹き出してくれるというのは幸いである。
「ほんとに、真面目なことを考えてたんです。よく、ちびっこの笑顔を守れ! みたいなことを言うじゃないですか、テレビや新聞とかで。でも、ちびっこらの笑顔って、守らなければならないものなのかなあ、って思って、守るとか言うとなんか人工的な感じがして、無邪気な笑顔じゃなくて愛想笑いみたいな嫌な感じがして。ちびっこらの笑顔は、普通に、ただ自然にそこにあるから尊いのであって、大人が守ったりするものではなくて、むしろ、守らなければいけないと思わせるような世の中の状況をそもそも改めていかなきゃならないんじゃないだろうか、みたいなことを考えてました」
「うそだー」
「うそじゃないです、ほんと」
「そんなにやにやしながら言われても、説得力ないなー」
「自分だって、ニコニコしてるじゃないですか」
「だってそれは、ちびっこって言い方が面白くて。ちびっこちびっこ」
彼女は、本当に面白そうにしていた。可愛いなあ。
つづく
普段、まったく気にすることなく、私たちは街角や駅前で人とすれ違っているはずである。
接点のない他人というものは自分にとってそれくらい興味がないもの、どうでもいい存在なのだ。
それでも、もし、好奇心をそそる人物と横断歩道などで出くわして、あの人はどんなこと考えてるんだろうな、と関心を持ったとしても、その人の考えていることなど絶対にわからないと思う。
眩しそうな顔をして歩いているおじさんが「眩しいなあ」と思っているとは限らない。いちごタルト食いてえ、と本当は思っているのかも知れない。こちらが推理の足がかりにした「眩しそうな顔」は、本当にまったくの意味も理由もなくただの「眩しそうな顔」にすぎないのかもしれない。それくらい、人というものは、いい加減で、でたらめで、一貫性がないものなのだと思う。
だから、その時、私が何を考えていたかなんていうことは、彼女は知る由もないはずだし、
私が何を考えているか、ということが気になってくれたということは、少なくとも私という人物にやや興味関心を持ってくれたということで、それはちょっと素直に嬉しかった。にも関わらず私はなぜか、大事な隠し事が見つかってしまった時のような焦りと罪悪感に襲われてしまい咄嗟に言葉を継げず、力ずくで絞り出して出てきた言葉は「え、なんで」だった。情けない。
「いや、だって、急にしゃべんなくなっちゃったし、なにかへんなこと考えてそうな顔してたから」と彼女。
へんなこと考えてそうな顔、と言われるのは、下手すればとてつもない侮辱で、私の人としての尊厳をひどく傷つけかねないものだけど、じっさい私はへんなこと(みたいなもの)を頑張って考えていたわけだし、それに、彼女がなぜか楽しそうにそう言ったことから悪意がないのも分かるから、そのことで落ち込まないようにした。
「へんなことじゃなくて、真面目なこと考えてました」
「うそだー」
「いや、本当に、真面目なことを考えてた」
彼女は口元をにやつかせながら得意そうな目をして私の顔を覗き込んだ。
可愛すぎて悶え死ぬかと思った。
「やっぱりうそだ。へんなこと考えてる。だってさっきから顔が常に半笑いなんだもん」
炎の転校生、という漫画の最初の方で、主人公が初めてヒロインと一緒に下校する時に、
そのことが嬉しくて嬉しくてニヤケまくってる主人公が、自分のニヤケ顔について焦って説明をしようとしてずぼずぼと泥沼にはまっていく場面を思い出した。
「べつに半笑いじゃないですよ、これが普通」
「違う違う、さっきはもっと真面目な顔してた。今は、ちょっと、笑いすぎ」言い終えて彼女はうふふ、と吹き出し、馬鹿にされてるような気がしないでもないけど可愛い人が目の前でこうやって吹き出してくれるというのは幸いである。
「ほんとに、真面目なことを考えてたんです。よく、ちびっこの笑顔を守れ! みたいなことを言うじゃないですか、テレビや新聞とかで。でも、ちびっこらの笑顔って、守らなければならないものなのかなあ、って思って、守るとか言うとなんか人工的な感じがして、無邪気な笑顔じゃなくて愛想笑いみたいな嫌な感じがして。ちびっこらの笑顔は、普通に、ただ自然にそこにあるから尊いのであって、大人が守ったりするものではなくて、むしろ、守らなければいけないと思わせるような世の中の状況をそもそも改めていかなきゃならないんじゃないだろうか、みたいなことを考えてました」
「うそだー」
「うそじゃないです、ほんと」
「そんなにやにやしながら言われても、説得力ないなー」
「自分だって、ニコニコしてるじゃないですか」
「だってそれは、ちびっこって言い方が面白くて。ちびっこちびっこ」
彼女は、本当に面白そうにしていた。可愛いなあ。
つづく
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