いぬのはなに念仏

比較的自由な小団体「愛犬週間」のブログ

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恋する三半規管 13

食堂に到着してしまった。
私は、自動販売機でカルピスを買い、その場で一気に飲み干した。
すごく喉が渇いていたというのもあるが、彼女を笑わせたかったのである。
買ったジュースをその場ですぐに飲み干す、というのは、けっこう面白いと思ったのだ。
そしてこちらの思惑通り、彼女は笑ってくれた、というか驚いていた。

「そんなに喉かわいてたの?」
「いや、べつに」
「だって、がぶ飲みだったよ」
「これでも、僕は、男の子ですから」
「意味わかんない。へんなの」

彼女は、近くのイスに腰掛けて、缶コーヒーのふたを開け、飲み始めた。
「苦い」彼女は眉間にしわを寄せて呟いて、立ったままの私を見上げ、笑った。
さっきから彼女は笑ってばかりいる。
楽しそうに、そして幼く見えるその笑顔を見るたびに、私はいちいち悶絶死しそうになっている。
私は今、どんな顔をしているのだろうか。まだニヤケているのだろうか。

普段、自分の写真を撮ることなどはほとんどないんだけど、
学校の行事などで記念的に撮られた自分の写真を見ると、とても腹が立ってくる。
こんな情けない顔を晒して毎日生きていることの無神経に耐え難き苦痛を覚えるし、
ましてや、それが笑顔だったりするともう今すぐこの写真を荼毘に付したい衝動を抑えられなくなり、
実際に燃やしてしまったことはないが、破り捨てたことは何度もある。
いやらしい笑顔、下品な笑顔、という言葉がまさにぴったりの、私の笑顔。
だから彼女に「へんなこと考えてそうな顔」と言われた時、しまったと思った。
あんなだらしない顔、絶対に彼女に見せるわけにはいかない。
毅然とした、凛々しい表情で、彼女の前にいなければならない。

なのに、「またなんかへんなこと考えてるでしょう」と彼女に言われてしまい、焦った。
「え、なんで」とこれまたさっきと同じ返答しかできない私はまたしても情けない。
「だって、すごいニヤニヤしてるから。またしゃべらなくなってるし」
「いや、やっぱり、真面目なことを考えてたんです」
「ちびっこのこと?」いつの間にか彼女の顔から笑みが消えていた。
「いや、映画のこと」
「映画? ああ、サークルのことか」
「そうです。やめないでくださいね」
「そう言われても、あのサークルを続ける意味がとくにないと思います。面白くないし」
「そこは、だから、僕らが面白いのを作ればいいんですよ。簡単ですよ」
「ほんとに? 面白いの作れるかな」
「楽勝っすよ。いや、その、あの、すいません、名前教えてください」
極めて自然な流れで聞き出せた、とその時は思ったけど、今思うとそうとう不自然で、無理がある。

「私の? ええと、宮本タマコと言います。18歳です」
少し恥ずかしそうに笑いながら、彼女は答えてくれたのだった。やっと名前を聞けた。
可愛らしい名前である。
可愛い彼女にぴったりの名前であり、彼女に他の名前は考えられないと思った。
「宮本タマコさん、素敵な名前ですね。ええと、その、宮本さんが」
「宮本じゃなくていいよ」

彼女がなにを言っているのかすぐに理解できなかったが、つまりこれは「宮本」という苗字で呼んでほしくない、ということなのだった。なので私は、女性を下の名前で呼ぶことに若干の緊張を覚えつつも、「じゃあ、タマコさん」と言ったのだったのだが、彼女はまだ納得がいかない様子で、私もやはりその呼び方にどことなく違和感があり、せっかく巡って来た絶好のチャンスだし、こうなったらもうやけくそで勇気を振り絞り、「タマコちゃん」と呼ぶと、彼女は「それでお願いします」と大仰にお辞儀をした。うなじが覗いて見えた。

「その、タマコちゃんが出てくれるなら、出演してくれるなら、面白いの撮れる自信あります」
「うそだー。わたし演技できないよ」
「演技力なんて関係ないんですよ、そんなの。大事なのは心意気です。それに、タマコちゃんは可愛いから、画になります」
「いや、可愛くないです」
「可愛いです。目の毒です」
「そんなことないよ。あの、名前なんていうんですか?」
彼女も、私の名前を知らなかったのだった。よく考えれば当然のような気もするけど、
さっきから二人とも、お互いの名前を知らずに会話を続けていたと思うと、へんなものである。

「僕は、ごみ山くず太、と言います。18歳です」
彼女の真似をして、恭しく頭を下げた。
「ごみ山くん、ごみ山くんだけだよ」
「いや、ごみ山じゃなくていいですよ」とここも彼女の真似をした。
「じゃあ、くず太くんで。くず太くんだけだよ、そんなお世辞言うの」
「お世辞じゃないですよ。可愛いですよ。だから、僕の映画に出てください」
「やだ」



つづく




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