■ 恋する三半規管 14
彼女をサークルに引きとめることができるうえに、お近づきにもなれる奇策「自分の映画に出演してもらう」を思いつき、お願いしたらオッケーしてくれそうな気がするという本能的な直感のみを根拠にしていざお願いしてみたら、意外とすんなりと二つ返事で拒否されてしまい、私は困っていた。
「出てくれないんですか? 出てください。お願いします」
「やだ」
「ちょっと、待って。そうやって、やだ。って、むげに断られると、泣きたくなります。泣いていいですか」
「え? だめ、泣かないでよ」仏像などが浮かべている穏やかなアルカイックスマイルに若さと色気と無邪気さを足して割ったような笑みを口元に浮かべ、彼女は言った。可愛い。
この笑顔を抱きしめてみたいものだ、と、いきなり激しい衝動が芽生えたことに戸惑いを覚え、そしてなぜかさっきまで乾いていた口の中に唾液が大量に分泌されてきた。
「泣かないで、と言われると、余計に泣きたくなります。目頭に熱いものがこみ上げて来ました」
私はへらへらしゃべって、私の中のやましい気持ちを悟られまいとした。
「全然泣きそうじゃないよ、笑ってるじゃん」
「人間って、泣き出す瞬間に笑顔になるんです。理由は、科学的にはまだ解明されてないんだけど、たぶん、涙を流すということの快感の訪れの兆しを本能が感知して喜ぶからじゃなかなあ、と俺は思う」
「うーん、言ってることがよくわからない」
「ごめんなさい。でも、嘘ですから、気にしないでくださいね」
「嘘って、何が?」
「いや、さっき俺が言ったこと。泣く瞬間に笑顔、とか、全部嘘っす」
「なにそれ。じゃあ、私に出演してほしいっていうのも嘘なの?」
「いや、それはほんとです。むしろそれだけがほんとというか。出てくれますか」
「やだ」
「また、やだ、だ。お願いします出てください。タマコちゃんとなら面白いものが作れます」
「だから、私、演技できないんだって」
「そこは、演技力なんか関係ないものを撮るからだいじょぶです」
「ほんとかなー。面白いものっていうけど、くず太くんはどんなのを撮ろうとしてるの?」
ここが正念場である。
いやがっていた彼女だったけど、演技しなくてもいいと聞いて、撮る内容によっては出演を考えないこともない、というところまで歩み寄って来ている気がする。「どんなのを撮ろうとしているの?」の問いかけがそれを表している、とその時の私は思った。
ここで私が、彼女に「出演してみたい」と思わせるような魅力的な作品を考えればいいのだ。
「えーと」私は必死に頭を働かせた。「パジャマ姿のタマコちゃんが」
「パジャマ?」途端に彼女が難色を示す。私も自分で言ってから気づいたが、パジャマ姿というのはハードルが高すぎたかもしれない。しかもパジャマ姿のタマコちゃん、という言葉が私の妄想力を刺激してしまい、面白い作品のことを考えなければならないのに、頭の中に浮かぶのはパジャマ姿のタマコちゃんばかりで、パジャマ姿のタマコちゃんがベッドの中で寝返りを打つさま、パジャマ姿のタマコちゃんがパジャマのボタンをひとつひとつはずしていくさま、パジャマ姿のタマコちゃんが剣道場で正座して精神統一しているさま、パジャマ姿のタマコちゃんが生け花をしているさま、パジャマ姿のタマコちゃんが筋斗雲に乗って空を舞うさま、とにかくありとあらゆるパジャマ姿のタマコちゃんがとめどなく溢れ出てきて、脳みそがクラッシュしてしまいそうだった。しかしそんな情けないことでは駄目だ。意識を冷静に保たなければいけない。煩悩を抑圧しなければいけない。ここが正念場なのだから。
問題は彼女だ。パジャマを着せられる、ということに彼女は警戒心を抱いてしまっている。
パジャマ姿でも出演してみたい、と思わせる作品を考えなければならない。
ここで、彼女が警戒したからとパジャマを撤回するのは簡単だけど、そうすることによって、彼女に「やましい気持ちで私にパジャマを着せようとして、それがばれそうになったから取り下げた」と思われてしまうのが嫌だった。
彼女にパジャマを着せようとしたのは、ぜんぜん、そういう下心からではないのである。ただ単純に、パジャマ姿の彼女が公園にいたら面白いなあ、と思ったからなのだ。
だから、私は、うしろめたさなど覚えずに、もっと自信を持っていいのだ。
変にやましさに囚われながら作品の説明をしたりすると、彼女も怪しんでしまうだろう。
私は、自分が面白いと思って、彼女にパジャマを着せようと思った。やましさはない。
自分の考えに自信を持たなければいけない。
自分が面白いと思えることに自信を持てない人に映画なんて撮れないはずだ。たぶん。
私は、胸を張って、続けた。
「そう、パジャマです。で、パジャマを着て、誰もいない公園のベンチに座りながら、俳句を詠むんです。五七五を。それで、一句詠むたびに、公園の砂場の中に埋めた火薬が爆発するんです。ドーン!! って。そういうのを作ろうと思うんですけど、どうですか?」
彼女は絶句していた。
つづく
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